仙台地方裁判所 昭和29年(ワ)406号 判決 1956年2月14日
原告 柳沢由蔵
被告 伏見政衛 外一名
主文
被告政衛が、昭和二十九年三月三十一日した別紙目録<省略>(一)記載の不動産を被告勝雄に贈与する旨の意思表示を取り消す。
被告勝雄は、原告に対し昭和二十九年四月三日仙台法務局塩釜出張所同日受附第一三九二号を以て右不動産について同年三月三十一日附贈与を原因として為された所有権移転登記の抹消登記手続をしなければならない。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用のうち、原告と被告政衛との間に生じた部分は、原告の負担とし、原告と被告勝雄との間に生じた部分は、これを五分しその二を被告勝雄、他の三を原告の各負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「昭和二十九年三月三十一日、被告らの間に別紙目録記載の不動産を目的として為された贈与契約が無効であることを確定する。被告勝雄は、原告に対し同年四月三日仙台法務局塩釜出張所同日受附第一三九二号を以て右不動産について同年三月三十一日附贈与を原因として為された所有権移転登記の抹消登記手続をしなければならない。訴訟費用は被告らの負担とする。との判決を求める。もし、右請求が理由がないときは、予備的に被告政衛が、昭和二十九年三月三十一日した別紙目録記載の不動産を、被告勝雄に贈与する旨の意思表示を取り消す。被告勝雄は原告に対し同年四月三日仙台法務局塩釜出張所同日受附第一三九二号を以て右不動産について同年三月三十一日附贈与を原因として為された所有権移転登記の抹消登記手続をしなければならない。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求める旨申し立て、
その請求の原因として、「訴外菊池建設株式会社及び菊池正平は共同して、(一)昭和二十九年二月三日金額五十万円、満期同年三月三十一日、支払地仙台市、支払場所及び振出地各宮城県宮城郡多賀城町八幡字冲四十五番地の一、受取人原告、(二)同年二月十二日金額、その他の要件(一)同様である約束手形各一通を振り出し、被告政衛は(一)の手形債務については同年二月三日、(二)の手形債務については同年二月十二日いずれも右振出人らのため手形上の保証をした。そこで原告は右手形の所持人となつたが被告政衛は右債務の強制執行を免れんがため、昭和二十九年三月三十一日長男被告勝雄と通謀の上、虚偽の意思表示によつて自己の所有に係る別紙目録記載の不動産を被告勝雄に贈与し同年四月三日仙台法務局塩釜出張所同日受附第一三九二号を以て右贈与を原因として所有権移転登記を経由した。してみれば、右贈与契約は、固より違法無効で従つて又右登記もその原因を欠如し、法律上当然無効である。よつてここに民法第四百二十三条により右手形債権保全のため右無効確認及び原状回復の訴求権の行使を怠つている被告政衛に代位して被告勝雄に対し右贈与契約の無効確認及び右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。
仮りに、右贈与が被告らの真意に出たもので有効であるとしても、被告政衛は右贈与当時は勿論現在においても、右不動産の外全然債務弁済資力を有せず従つて債権者たる原告を害することを知りながら敢て右贈与行為に出たもので、被告勝雄も亦這般の事情を知りながら右贈与の一方の当事者と為つたものである。そして右不動産の現在の一般取引価格は金八十万円を出ない。よつてここに予備的に民法第四百二十四条に則り本件(一)の手形金五十万円、及び(二)の手形金五十万円のうち金三十万円合計金八十万円の手形債権に基いて前掲被告勝雄の本件不動産を被告勝雄に贈与する旨の意思表示の取消及び被告勝雄に対し前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める。なお右取消及び原状回復の請求の一部のみが認容される場合は、別紙目録記載の不動産の順序に従つて右取消及び抹消登記手続を求めるため本訴に及ぶ」と陳述した。<立証省略>
被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、
答弁として、被告勝雄については「原告主張の贈与契約が成立し、その登記が経由されたことはこれを認めるけれどもその主張の手形の振出保証事実は知らない。右贈与は当事者の真意に出たもので固より有効であり、従つて右贈与を原因とする本件所有権移転登記も亦当然有効である。又仮りに被告政衛がその債権者たる原告を害することを知つて右贈与契約を締結したとしても、受益者たる被告勝雄は、右契約当時、右事実を全然知らなかつたから、その知つていたことを前提とする本件詐害行為取消、原状回復の請求は理由がない。」と述べ、被告政衛については、「同被告は本訴詐害行為取消原状回復の請求の当事者たる適格を欠如するから右請求は失当である」と述べた。<立証省略>
理由
一、贈与の効力
原告主張の贈与契約が成立し、その主張の登記が為されたことは当事者間に争がない。原告は右契約は当事者相通じてした虚偽の意思表示である旨主張するけれども、原告の挙示援用に係る全証拠によつてもこれを認めるに足らず却つて、被告ら各本人尋問の結果を綜合すれば右契約は当事者の真意に出たものであることを窺うに難くはない。然らば右契約が虚偽無効であることを前提として民法第四百二十三条により右契約の無効確認所有権移転登記の抹消登記手続を求める本訴請求は既にその前提において失当として排斥を免れない。
二、詐害行為の成否
(一) 被告政衛の当事者たる適格
凡そ民法第四百二十四条の規定による詐害行為の取消、原状回復の訴については債務者は被告たる適格を欠如することは論議の余地が存しないところであるから被告政衛に対する本訴請求は理由がない。
(二)(イ) 手形債権の有無
証人狩野幸雄、菊池正平の各供述、向供述により真正に成立したと認める甲第一号証を綜合すれば、原告主張(一)の手形の振出及び保証が為されたことは明白で右認定を覆すことができる証拠は更に存しない。しかしながら原告主張の(二)の手形保証の成否について一考するに、甲第二号証のうち被告政衛名下の印影の成立は同被告本人尋問の結果によりこれを認めるに難くはないけれども、同被告本人尋問の結果に、証人菊池正平の「甲第二号証の手形を振り出したが振出人たる自分が受取人たる原告から受け取つた金員は二回に計僅か金十一万五千円に過ぎず内金五万円は給料として被告政衛に支払つた旨」の供述を参稽玩味すれば、被告政衛は右手形上の保証をすべき事情が全然存せず右印影は何人かが擅に同被告の印顆を使用顕現したものに係ることを窺知するに足り、証人狩野幸雄、菊池正平の各供述のうち右認定に反する部分は到底措信し難く、その他原告の全立証を以てしても右書証が真正に成立した事実を肯認するに足りない。さすれば同書証は採つて以て原告主張の(二)の手形保証が成立した事実のよすがとするに足らずその他原告の提出援用に係る全立証を以てしても原告主張の(二)の手形保証が成立した事実を窺うに足りない。
(ロ) 弁済資力の有無
本件贈与契約の成立当時及び現在被告政衛が本件不動産の外観るべき弁済資力を全然有しないことは原告及び同被告各本人尋問の結果を綜合するによりこれを認めるに足り右認定を左右するに足る証左は更に存しない。
(ハ) 詐害意思及び知情
右(ロ)で認定した事実に、被告政衛は被告勝雄の実父であつて原告主張の(一)の手形保証をした昭和二十九年二月三日から五十六日を経過した同年三月三十一日即ち右手形の満期に、本件贈与契約を取り結んだ点及び原告本人の供述を加味綜合すれば、被告政衛は本件贈与が手形債権者たる原告を詐害する事実を知りながら敢てこれを取り結んだことを認めるに足り、同被告本人の供述のうち右認定に反する部分は輙く措信し難く、その他被告勝雄の全立証によつても右認定を覆えすに足りない。被告勝雄は本件贈与契約締結当時右契約が父被告政衛の債権者を害することを知らなかつた旨主張するけれども、同被告の全立証によつても右事実を認めるに足らず却つて、原告本人の供述に未だ春秋に富む父被告政衛が長男被告勝雄に本件不動産のような相当目星しい財産を全部一挙に贈与するが如きは異例事に属する点及び弁論の全趣旨を斟酌綜合すれば被告勝雄も亦、父被告政衛の債権者を詐害することを知りながら本件贈与契約を締結した事実を推認するに必ずしも難くはない。してみれば、原告は民法第四二四条により叙上金五十万円の手形債権確保のため必要な限度において本件贈与契約を取り消し被告勝雄に対し原状回復を求めることができるものといわざるを得ない。
(ニ) 取消及び原状回復の範囲
被告伏見政衛本人尋問の結果に徴せば、本件不動産の現在の一般取引価額は、田一反歩について金十万円であることを認めるに足りこの判断を揺がすに足る証拠は更に存しない。さすれば本件金五十万円の手形債権確保のためには時価金五十万円に相当する別紙目録(一)記載の不動産についての本件詐害行為を原告主張の順序に従い取り消すとともに受益者たる被告勝雄に対し右取消に係る不動産を目的とする本件所有権移転登記の抹消登記手続を命じなければならない。(但し本件取消及び原状回復の範囲は五反歩を以て足るにかかわらず別紙目録(一)記載の田の地積は合計五反十九歩に達するけれども最後に記載の字西砂押九番五畝二歩は一筆の土地であつて今うち十九歩を分筆控除調整することは法律上固より穏当ではないから、この田はこれを全部本件取消及び原状回復の目的とする他はない)そして詐害行為の取消による原状回復は結局法律行為の無効による原状回復に他ならないから農地法第三条に、いわゆる農地所有権の移転を以て目すべきではない。従つて、この原状回復には同条所定の知事の許可を要しないことは当然である。けだし、この許可は、私法上の法律行為のいわゆる発効条件にとどまり、かの設権要件ではないからその対象たる私法上の法律行為にして法律上当然無効である以上既存の許可自体も自ら無効に帰し、従つてこの無効を証明するため更に許可を要するとするが如きは不必要に手続を煩雑化し、斯法の精神にも背戻するに至るからである。
よつて、原告の本訴請求は以上の限度においてその理由がありその余の部分は失当と認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用し、主文のように判決する。
(裁判官 中川毅 野村喜芳 野原文吉)